家康公 夢の画像と日光の至宝

家康公 夢の画像と日光の至宝

徳川家康公の御像が三種お目見え!
(德川記念財団展示の複製も含めて)

期 間 平成30年10月11日(木)~12月12日(水)
宝物殿 宝物殿の詳細はこちらから

長く続いた混乱の時代に終止符を打ち、江戸に幕府を開いた徳川家康公は生前に自らを日光山に祀るよう遺言をしました。天海大僧正は、家康公の遺言を受け「山王一実神道」を唱えて東照大権現として日光にお祀りしました。二代将軍秀忠公、三代将軍家光公は、東照宮ばかりでなく、日光山全体の堂社を一新し、今に至る日光の偉容を作り上げました。

この家康公をとりわけ尊敬したのが家光公です。家光公が将軍に就任する顛末は家光公乳母の春日局が東照大権現の宝前で読んだ「東照権現祝詞」が詳しく記す通りです。自身の将軍就任に尽力してくれたこともあり、家光公は祖父にほとんど信仰に近い感情を持っていたようです。実際、家光公は祖父の姿を頻繁に夢に見て、その度にお姿を幕府御用絵師の狩野探幽に描かせています。これが「夢の画像」あるいは「霊夢像」と呼ばれる一連の画幅です。霊夢像は十数点が確認され、そのうち8幅を輪王寺が所蔵します。衣冠に身を固めたお姿から、寝間着のリラックスしたお姿まで、家光公の思い描く東照大権現のお姿は、身近に接した者ならではの親しみが感じられます。
秋の深まりとともに木々の彩りが日を追って変わり、日光が一年でもっとも賑わいを見せるこの季節、家康公・家光公や天海大僧正が残した宝物をながめながら、静かなひとときを過ごして頂ければ幸いです。

【主な展示品】
☆国宝 ◎重要文化財 ○栃木県指定文化財

☆大般涅槃経集解 第16巻 1巻 平安時代
◎鋳銅半肉千手観音像 1面 平安時代
◎東照大権現画像 1幅 寛永20年(1643)
木造東照大権現坐像 1軀 江戸時代
徳川家康公書蹟 1幅 江戸時代
舞楽図屏風 6曲1双 江戸時代
◎舞楽面 還城楽 1面 寛永13年(1636)
◎住ノ江蒔絵硯箱(伝天海所用) 1合 江戸時代
◎東照権現祝詞(伝春日局筆) 1巻 江戸時代
○朝鮮通信使 祭文 1点 李朝時代

 

徳川将軍と鷹

公益財団法人德川記念財団常設展示

*日光山輪王寺宝物殿は德川記念財団の特別協力館です。

徳川将軍と鷹
俊敏に空高く飛翔し、鋭い嘴と爪で空の王者として君臨する、タカ科およびハヤブサ科の肉食性猛禽である「鷹」は、王者あるいは山の神のシンボルとして現在に至るまで尊ばれてきました。鷹は世界中に分布しており、鷹を調教・使役し野外で獲物を捕らえる「鷹狩」は王侯貴族の狩りとして古今東西で親しまれています。
江戸時代、徳川将軍家も鷹狩を好んだのはよく知られています。たとえば、初代家康は軍事訓練や鍛錬の一環として、大規模な長期の鷹狩に1000回以上も赴きました。寛永5年(1628)には、江戸城の周囲5里四方に将軍専用の狩場として「御鷹場」が設けられます。5代綱吉の「生類憐みの令」により一時期には鷹狩が中断されましたが、8代吉宗によって再興されました。将軍による鷹の贈答、家格に基づく獲物の下賜は、将軍家の威信を強固にする重要な儀礼でもありました。
幼鳥の頃から鷹匠によって訓練された鷹は、鷹よりも大型の鶴や白鳥をも捕えることができました。鷹を放ち獲物を追いかける様子や、鷹が獲物に飛びかかる猛々しい瞬間は、絵画、文学などの題材にも好んで取り上げられています。
この展示では将軍家の伝世品を通して、将軍家と鷹のつながりをご紹介いたします。

平成30年10月
公益財団法人 德 川 記 念 財 団
〒151-0065 東京都渋谷区大山町37-6
TEL03-5790-1110・2620
德川記念財団ホームページ http://www.tokugawa.ne.jp

久能山東照宮博物館
〒422-8011 静岡市駿河区根古屋390
TEL 054-237-2437
久能山東照宮ホームページ http://www.toshogu.or.jp

交通機関 東名静岡または清水I.Cより日本平まで約20分/JR静岡駅より
しずてつバス「日本平行き」
駐車場 日本平駐車場200台を利用(無料)
〔日本平〕よりロープウェイにて5分
常設展 「明治天皇の徳川邸行幸と天覧流鏑馬」
平成30年10月20日(土)~12月19日(水)

次回展示予告

〔日光山輪王寺 宝物殿〕「徳川将軍家とかぐわしき香り」
平成30年12月15日(土)~平成31年2月13日(水)
※展示内容・展示期間は、予告なく変更する場合があります。